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Old Town Name

風情のある町名はその街の歴史です

他のページでも触れていますが、金沢は全国ではじめて旧町名が復活した街です。

私は金沢が全国に誇れるものがあるとすれば、暗渠化されていた用水を開渠化したことと、旧町名を復活させたことだと思っています。

今から50年ほど前の日本では、1962年(昭和37年)に施行された住居表示法によって、風情のある町名や由緒ある町名が次々に消滅していきました。

当時の日本では町の境界線が複雑に入り組み、番地が飛び飛びになっている町も見られた他、同じ市内に同じ町名が存在する市があったことなどから郵便配達がとても困難でした。また、一般の人たちにおいても訪問先の住所に辿り着けないという状況が見られました。

このような背景を受けて、1丁目1番地から整然と並び変えようという趣旨で住居の抜本的な表示改正が行われたのです。

今、かつての風情のある町名を復活させる動きが全国の自治体で広まっています。その先駆けとなったのが金沢で、1999年10月のことでした。

主計町茶屋街として観光名所のひとつとなった主計町(かずえまち)が、編入されていた尾張町2丁目から元の町名に戻ったのです。

引っ込み思案な金沢市民の間から、全国に先駆けて旧町名復活の動きが起こったというのは、金沢で生まれ育った私には大きな驚きです。

旧奥村家の板塀になじむ飛梅町の石碑

復活した町名の石碑に「旧」の文字が

金沢の中心部では町名を記した石碑をよく見かけます。

実際の住所に使用する町名が残っている場合は普通に町名が彫られているのですが、50年前に町名が消滅したエリアについては「旧○○町」という表記で彫られています。

ひとつ困ったことがありまして、町名の石碑が設置されたのが旧町名復活の前だったことから、石碑に彫られた「旧」の字を修正しなければならなくなりました。

そこで修正作業が行われたのですが、主計町の石碑の写真を見てもお分かりのとおり、「旧」の字をセメントのようなもので埋めただけで、「旧」の文字が白く残ってしまっています。

私は美観を損ねないような修正ができなかったものかと思います。もしかすると、旧町名の復活を観光客の皆さんにそれとなくアピールしたくて、わざと「旧」の文字が分かるように修正したのかもしれませんね。

金沢の街のどこかで見かけることがあるかも

このページの最後に旧町名が復活した町の一覧と、それぞれの町名の石碑をご紹介します。

金沢の街を歩いていると、旧町名が復活した町の石碑を見かけることがあるかと思います。ふとした瞬間に宝探しゲームの宝物が見つかったような気分になるかもしれませんが、それも金沢観光の楽しさのひとつです。

なお、下石引町と下新町については、上と下を一緒にした「石引町」「新町」という石碑が建っています。

また、金沢市のホームページによると上堤町の石碑については作られていません。折角なら、とことんまでやれば良いのにと思ってしまいますが、「この程度いいかな」というところで止めてしまうのも金沢の市民性と言えなくもありません。

<金沢で復活した旧町名の一覧>

町名 よみがな  復活時期
主計町 かずえまち 1999年10月
下石引町 しもいしびきまち 2000年4月
飛梅町 とびうめちょう 2000年4月
木倉町 きぐらまち 2003年8月
柿木畠 かきのきばたけ 2003年10月
六枚町 ろくまいまち 2004年6月
並木町 なみきまち 2005年10月
袋町 ふくろまち 2007年3月
南町 みなみちょう 2008年11月
下新町 しもしんちょう 2009年11月
上堤町 かみつつみちょう 2009年11月

 

<旧町名が復活した町名の石碑>

主計町(かずえまち)


飛梅町(とびうめちょう)


木倉町(きぐらまち)


柿木畠(かきのきばたけ)


六枚町(ろくまちまち)


並木町(なみきまち)


袋町(ふくろまち)


南町(みなみちょう)


下石引町(しもいしびきまち)


下新町(しもしんちょう)

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