金沢くらしの博物館が国の重要文化財に

旧制金沢第二中学校の三尖塔校舎

10月21日付の北國新聞に、金沢くらしの博物館が国の重要文化財に答申されたという記事が掲載されていました。

記事によると、国の文化審議会は20日、1899年(明治32年)に建設された「旧石川県第二中学校本館」を重要文化財に指定するよう、林芳正文部科学大臣に答申しました。

石川県内で建造物が重要文化財に指定されるのは2年連続で45件目となります。石川県内に残る明治期の旧制中学校の校舎では初めてとなり、近く答申通り告示される見込みです。

旧石川県第二中学校本館は、明治中期の改正中学校令を基に建設された校舎です。所有する金沢市によると、当時の姿のほとんどを残している校舎は全国で珍しく、明治期に建設された旧制中学校本館では国内4件目の重要文化財となります。

本館は、2階建ての洋風の木造建築で、東西に延びる中央部とその両端に翼部を設けたH字型となっています。

外観は、窓の周りが細長い板を横向きに貼る「竪板張」として、上げ下げして開閉する窓を並べ、屋根には切妻屋根の小窓を20カ所設けるなど、全体的に洋風意匠となっています。

正面中央に三角形の屋根、両翼部の屋根には「尖塔」があり、これらの意匠が校舎の愛称だった「三尖塔」の由来とされています。石川県技師の山口孝吉氏が設計しました。

1948年(昭和23年)に旧制中学校が廃止され、旧石川県第二中学校の旧校舎は金沢市立紫錦台中学校の校舎として1970年(昭和45年)まで活用されました。

その後、三尖塔校舎は1978年(昭和53年)から金沢市民俗文化財展示館として利用され、1999年(平成11年)に石川県文化財に指定されました。

そして、2007年(平成19年)に現在の「金沢くらしの博物館」に改称、2016年10月にバリアフリー化などのリニューアル、耐震補強工事が行われました。

西洋建築や近代建築に詳しい金沢工業大学の竺覚暁特任教授は「旧石川県第二中学校の洋風建築は、同校以降に建てられた中学校舎の手本となった。日本の西洋建築を語る上でも非常に大事な建物だ」と評価したとのことです。

紙面には、青空をバックにした旧校舎の写真が掲載されていました。

校舎の両翼にそびえる尖塔が特長です

兼六園からは小立野通りを5分少々

金沢くらしの博物館へは、兼六園の小立野口を出て、真っすぐに伸びる小立野通りを歩いていくと到着します。所要時間は5分少々です。

小立野通りにはアニメ「花の慶次」に登場する奥村助右衛門の奥村家の板塀が続き、板塀が終ったところが金沢くらしの博物館です。

ちなみに、同館が位置する飛梅町(とびうめちょう)は、金沢市内で旧町名が復活した街のひとつです。

飛梅町は旧町名が復活した街のひとつです

旧制金沢二中の明治時代の洋風建築は、和服姿で訪れたくなるようなロマンチックな雰囲気を醸し出しています。館内では、金沢の戦前のくらしと戦後のくらしが紹介されており、展示室には花嫁のれんが飾られています。

さて、金沢くらしの博物館は2016年10月にリニューアルオープンしただけあって、トイレがとても綺麗です。

このミュージアムを訪れる人は、兼六園を見学した後に訪れることが多いと思います。少し歩き疲れたかなという方は、ゆっくりとトイレットブレイクを取られるのもいいでしょう。

館内では花嫁のれんも展示されています

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