金沢独り勝ちの裏側で見えてくる金沢の課題

金沢駅の乗車人数が富山駅の3倍に

6月16日付の北國新聞の社会面トップは、「金沢独り勝ち 富山の3倍」「文化に強み 再訪多く」という見出しの記事でした。

JR西日本が6月15日に明らかにした、北陸新幹線開業2年目の駅別乗車人数によると、金沢駅は1日平均2万2,668人と富山駅の3倍近い水準で、金沢、新高岡、富山、黒部宇奈月温泉、糸魚川の5駅で断トツの多さとなりました。

記事では、金沢のホテル経営者の「金沢には歴史と伝統、文化という強みがある。そういった都市特有の現象として、開業直後の『千客万来』から『一客再来』に変わろうとしている」というコメントが掲載されていました。

この他、紙面では6月15日に北陸新幹線の累計利用者数が2,000万人を超えたという記事も掲載されていました。

2015年3月14日の金沢開業から2年3か月、825日目での到達は、九州新幹線の博多~熊本間と同水準とのことです。

また、北國新聞では6月20付の社説で「金沢独り勝ち」と題し、目先の利益にとらわれて、文化をじっくり育む気風が薄れると、城下町の風情も色あせる。「独り勝ち」と言われるときこそ、地に足を付けて文化を磨きたいと論評していました。

新幹線は東京に売りに行くためにできたのです

北陸新幹線の開業以来、マスメディアやインターネットでは「金沢独り勝ち」という言葉をよく目にします。

金沢が独り勝ちしているという記事を目にして、優越感に浸った金沢人も多いのではないでしょうか。私自身も故郷に多くの旅行者が訪れていることを誇らしく思っています。

その一方で、北國新聞が全く触れていない課題にも改めて気付かされました。

ここから先の記事は、金沢へのご旅行を予定されている方には全く関係のない文面となりますが、私の考えを述べさせてください。

北陸新幹線を利用した金沢の人たちの中には、次のような印象を述べる人が結構います。

それは「東京から新幹線に乗って金沢へ帰ってきたが、富山で大勢の人が降りて、富山から金沢まではガラガラになった」というものです。

北陸の人たちは、朝から午前中の時間帯に東京に向かい、北陸へ帰ってくる際には夕方から夜の新幹線を利用します。

首都圏在住の利用者とは正反対の利用時間となるわけですが、富山で圧倒的多数の人が降りていったということは、北陸在住の新幹線利用者は富山の人が圧倒的に多いのだということになるでしょう。

つまり、富山の人たちは新幹線を利用して東京に売り込みに行っているのです。

私は、北陸新幹線とは首都圏の人たちが金沢に来るためにできたのではなく、金沢の人が東京へ売りに行くためにできたのだと思っています。

事実、富山の人たちは北陸新幹線を活用してどんどん売り込みに行っています。

北陸以外の人はご存じないかと思いますが、大変失礼ながら、石川県民は富山の人たちのことを “行商人” と呼んで蔑んできました。

もしかすると、富山の人たちは、石川県民を “殿様商売” や “井の中の蛙” と言って馬鹿にしているかもしれませんね。

行商人というのは飛び込み営業のプロです。石川県の人たちが、ただひたすら観光客を待っている間に、富山県の人たちは東京を起点にして首都圏全域に売りまくってしまいますよ。

おかげさまで、金沢にお越しになった方の中には「もう一度来たい」と言ってくれる人も多く見られます。しかし、既に訪れたところにもう一度訪れる場合は、基本的に何年間かのブランクができるはずです。

札幌にも、仙台にも、広島にも、福岡にも行ったことのない人が、金沢だけ2度訪れるというのは考えにくいでしょう。

ただひたすら観光客を待っているよりも、自分から売りに行く方が遥かに儲かるはずです。

今の状況が続くと、観光客数では金沢の独り勝ちなのに、県の予算では、法人税で潤う富山県の予算が、石川県の3倍になっていたということも十分にあり得る話しです。

石川県の地元メディアでは、観光客が増えたことで街が汚れるということを、北陸新幹線の問題点だと報じていますが、最大の問題点は、新幹線ができたのに東京に売りに行こうとしないことではないでしょうか。

こちらから売りに行けば、金沢の街にはゴミ箱が少ないということも分かるはずです。

売りに行くことで金沢の問題点も見えてきます

Follow me!