観音町が金沢市で15例目の旧町名復活

町名標柱の「旧」の字が埋められる

2019年5月14日付の北國新聞に、観音町の旧町名復活のニュースが掲載されていました。

令和初日となった今年の5月1日に旧町名が復活した観音町(かんのんまち)では、連休の混雑を避けて、5月13日(月)に町名標柱(石碑)の除幕式が行われたとのことです。

ひがし茶屋休憩館の近くに設置されている標柱は、1996年に「旧観音町」と刻まれて建てられた石柱で、「旧」の1字を埋めたことが分かるように加工された姿が披露されました。

振る舞い酒も配られ、集まった住民が五月晴れの空の下で町の再出発を祝いました。

東山河岸緑地で行われた記念式典には、山野金沢市長をはじめ、市の旧町名復活審議会の会長や「観音町をよくする会」の関係者が出席しました。

旧の文字が埋められた石碑(5/22撮影)

観音町は「ひがし茶屋街」とは路地を1本隔てた隣町で、1966年(昭和41年)から「ひがし茶屋街」と同じ東山1丁目に編入されていました。

これまでの観音町は、ひがし茶屋街の一部とみられることが多かったこともあり、同町では2015年から「観音町をよくする会」が中心となって旧町名復活の検討が始まりました。

そして、住民への説明会や意見交換会を経て、各町会の総会で「観音町」に戻ることを決議し、2018年5月に金沢市に旧町名の復活を申し入れました。

商店街と住宅街がミックスされた観音町

旧町名復活の取り組みは、金沢経済同友会が1991年に提唱したものです。1999年に主計町(かずえまち)が第一号となり、観音町が15番目の復活です。

ちなみに、主計町の旧町名復活は全国でも初めてのものでした。

なお、金沢市の金石地区では、今秋に「金石新町」「金石今町」「金石海禅寺町」が復活する見通しとなっています。

ひがし茶屋街の余韻に浸る道・観音通り

東山木町通りと観音通りは期待と余韻の道




ひがし茶屋街の余韻を楽しむ「観音通り」

観音町のメインストリートとなっている観音通りは、地元に密着した古くからの商店と、ひがし茶屋街が観光地化された後に出店したお洒落なお店が融合する通りです。

町名は、夏の「四万六千日(しまんろくせんにち)」の法要で知られる観音院があることにちなんで名付けられました。

歴史を紐解くと、2代将軍・徳川秀忠の娘で、加賀藩の3代藩主・前田利常に嫁いだ珠姫(たまひめ)様が、江戸の観音様を金沢にも欲しいと願い観音院が建立されたのだそうです。

浅草の観音様では新暦の7月に「ほおずき市」が開催されますが、金沢の観音様では旧暦の8月に、とうもろこしを奉る「四万六千日」の法要が行われます。

「観音院」は金沢の観音様

さて、「観音町」の復活については、地元の北國新聞と北陸中日新聞で「観音町1丁目」「観音町2丁目」「観音町3丁目」の3つの町名が復活したと報じられていました。

そして、金沢での旧町名復活が17例目になったと記されていたことが、とても気にかかりました。

金沢市のホームページにも、観音町の1丁目、2丁目、3丁目の3つの町名が復活したと記されています。

これまでに復活した14町は、すべて1つの町として復活しており、町名の後に「〇丁目」が付くのは初めてです。

どういう事情があるのかはわかりませんが、「観音町」も丁目を付けずに1ヶ所だけにした方が分かりやすいと思います。

「観音町」だけでは、観音町で暮らしてきた人たちは不満なのでしょうか。何が何でも「観音町1丁目」「2丁目」「3丁目」と表記されないと嫌なのでしょうか。

そんなことはないと思いますよ。私は、金沢市役所のお役所的な考え方から3つの町名にしたのだと思いたいですね。

もし、金沢市が「旧町名復活」を観光資源のひとつとしたいと考えているのでしたら、初めて聞いた方が「?」と感じるような複雑なことはやめておいた方が良いと思います。

そのような理由から、この記事では15例目の旧町名復活と記しました。

観音院へと続く観音坂

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