尾山神社で「おまつの方」の没後400年祭

北國新聞の見出しは「百万石の母しのぶ」

8月18日付の北國新聞に、尾山神社で初代加賀藩主・前田利家の正室である「おまつの方」の没後400年祭が営まれたという記事が掲載されていました。

21世紀に伝わる前田家の家系を継ぐ親族ら約90人が、利家とともに金沢の文化の礎を築き、今も慕われる「百万石の母」の遺徳をしのびました。

加藤治樹宮司が祝詞を奏上し、前田家の第18代当主の前田利祐氏をはじめ、加賀八家の親族らが玉串をささげました。

記事によると、加藤宮司から「金沢の地は利家の統治以来、戦禍に遭わず高い文化を育むことができた。歴史の歩みを改めて感じた」との挨拶があったとのことです。

また、当主の前田利祐氏は「正室として加賀藩をまとめ上げた功績に敬意を表したい」とコメントしました。

紙面には、本殿で祝詞を奏上する宮司と、起立し頭を垂れる参列者の写真が掲載されていました。

おまつの方の像

現代の歴史家からの評価が高い「まつ」

21世紀の歴史家の間では、明治維新まで前田家が栄えることができた背景には、おまつの方の功績が大きかったというのが共通した評価です。

私自身は、恥ずかしながら2002年のNHK大河ドラマの「利家とまつ」が放送されるまでは、おまつの方を知りませんでした。実は、「利家とまつ」が放送されるまで、地元でも「おまつの方」はそれほど知られていませんでした。

金沢を代表するビジネス街の南町に位置する尾山神社は、加賀藩の初代藩主・前田利家と正室・おまつの方を祀った神社で、境内には利家公の像とおまつの方の像が置かれています。

ただし、尾山神社に祀られたのは明治時代に入ってからで、江戸時代には今のひがし茶屋街の端にある宇多須神社に祀られていました。

金沢城内の神社(現在の尾崎神社)には徳川家康を祀り、利家の御霊を僻地であった浅野川の向こう岸に祀るほど、歴代の加賀藩主は徳川幕府に対して「そこまでやるか」と思えるほど気を遣っていたのです。

さて、今日まで前田家の血筋は脈々と受け継がれています。現在の前田家は東京に在住です。井の頭線に駒場東大前という駅がありますが、東大駒場キャンパスの隣にある駒場公園は前田侯爵の敷地でした。

現在の18代当主の利祐氏には初代・利家公の「利」の字が入っています。藩政期の前田家では、生誕時は全ての男子が「利」の字を入れて命名され、藩主となる人物については、のちに将軍から一字を拝命し、改名していました。

利家の息子の2代藩主・利長、3代藩主・利常までは「利」の字が入ったままでしたが、4代藩主・光高は3代将軍・家光から、5代藩主・綱紀は4代将軍・家綱から、6代藩主・吉徳は5代将軍・綱吉から拝命しました。

そして、14代藩主・慶寧まで、時の将軍から名前の下の字をもらい改名していました。

明治以降は改名の必要がなくなったことから、全ての当主の方が「利○」というお名前になっています。

前田利家公像

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