ozaki-gate

Ozaki-Shrine
(Shrine & Temple vol.3

城下町に彩りを添える朱に染まった透塀

金沢城公園の周辺には「お堀通り」と呼ばれる周回道路があります。明治維新後にかつてのお堀を埋め立てた道の総称として名付けられているもので、東京で言うと内堀通りにあたります。

お堀通りは基本的には緑と水辺に囲まれた自然を感じる通りですが、近江町市場に近いエリアには、ビジネス街と住宅街が融合し市民が日常生活を送る一角があります。

近江町市場から金沢城公園に向かって歩いて行くと、途中で朱に塗られた透塀が目に留まるかと思いますが、それが尾崎神社です。

曲がり角の赤い透塀が印象的です

尾崎神社は、4代藩主・前田光高が東照大権現(徳川家康)を祀ることを許され、1643年(寛永20年)に建立した神社です。

日光東照宮の神霊を金沢城内の北の丸に分霊して建立されたことから、江戸時代には「金沢城の江戸」「北陸の日光」と呼ばれていました。

1600年代の中頃の前田家は、まだまだ徳川幕府から警戒されていた頃です。前田家としては徳川家に忠誠を尽くす姿勢を示すために、家康公の御霊を金沢城内に祀ったのでしょう。

明治維新の後に金沢城が帝国陸軍の管轄となったことから、尾崎神社は1878年(明治11年)に城内から現在の地に移築されました。

重要文化財に指定されている拝殿

重要文化財に指定されている拝殿

多くの重要文化財を有する由緒ある神社です

前述のとおり、尾崎神社は金沢城の北の丸に建立された神社で、参拝者も限られた人たちだったこともあって敷地自体は小さなものです。

金沢の人たちの間では、大通り沿いに面し、斬新なデザインの神門を有する尾山神社に比べて、尾崎神社の知名度が低いのは事実です。

尾崎神社は小さな敷地ながら数多くの重要文化財を有しています。まず、市民の生活道路に面している朱色の透塀が重要文化財に指定されています。さらに本殿、拝殿、幣殿、中門も重要文化財となっています。

重要文化財に指定されている透塀

重要文化財に指定されている透塀

海外からの観光客の姿が目につきます

尾崎神社は曲がり角に位置しており、境内を通ると少し近道になることもあって、気軽にフラッと立ち寄る観光客の姿が目立ちます。

日本人の方は、尾崎神社に関する知識を持って訪れるというよりも、たまたま雰囲気の良い神社の前を通りかかったので立ち寄ってみたという感じに見えます。

風情を感じる説明板

近年の尾崎神社では外国人観光客の姿が目につきます。

ひとつ興味深いのは、特に欧米やオセアニアから日本を訪れた白人の人たちは、たまたま前を通りかかったというのではなく、この場所に尾崎神社という “shrine” があるということを分かったうえで訪れているようなのです。

金沢観光のガイドブックに尾崎神社が紹介されており、由緒ある神社だということが記されているのかもしれませんね。

手水舎

手水舎

以前に尾崎神社を訪れた時にも2人の外国人の方がいました。

その時は2人連れのうちの一人がお参りをしたいらしく、どのように参ればいいのか悩んでいました。そこで私が最初に見本を示して「これがハウツーですよ」と言うと、「サンキュー」という言葉が返ってきました。

日本を訪れる外国人観光客が飛躍的に増えている中で、おかげさまで金沢もその恩恵に与っていますが、金沢の街を歩いていると、海外から訪れる方へのちょっとした準備がまだ追いついていないように感じます。

さて、尾崎神社は近江町市場と金沢城公園のちょうど中間に位置しており、近江町市場の十間町口と金沢城公園の黒門へはいずれも2~3分ほどで到着する他、ひがし茶屋街主計町茶屋街へも10分から15分ほどの距離です。

また、神社仏閣めぐりがお好きな方でしたら、尾山神社とセットで回るといいでしょう。尾山神社の裏門にあたる東参道までは徒歩3分ほどです。

尾崎神社の裏門から正門へとショートカットする人も

尾崎神社の裏門から正門へとショートカットする人も

観光名所から観光名所へ歩いて移動する際に通りがかることがあるかと思います

尾崎神社ホームページ


尾崎神社の近くにある「お立ち寄り」スポット

金沢城公園 | 尾山神社 | 近江町市場 | 武蔵ヶ辻 | 尾張町

観光名所から観光名所への距離と徒歩時間

金沢の神社仏閣