浅野川沿いの「秋聲のみち」に立つ文学碑

ひがし茶屋街に近い浅野川沿いの「秋聲のみち」と名付けられた散歩道に、水芦光子さん原作の『雪の喪章』の文学碑があります。

『雪の喪章』は、ひがし茶屋街近くの金箔商に嫁いだ女性の半生を描いた小説で、1959年(昭和34年)に出版されました。また、1967年(昭和42年)1月には若尾文子さんの主演で映画化されています。

残念ながら、この小説は絶版となっており、私は家の近くの図書館で借りて読みました。借りてきた本には昭和41年12月25日・第5刷発行とありましたので、映画化を前にして増刷された時の書籍ではないかと思います。

私は『雪の喪章』を読んで素直に感動しました。

太平洋側の女性の方たちから見ると、じれったさを感じるかもしれない主人公の妙子の生きざまは、厳しい冬を耐え忍ばなければならない、雪国・金沢で生まれ育った人たちに共通する市民性と言えるでしょう。

また、金沢で金箔業に携わっている人たちの思いも伝わってきました。

私がこの小説を読んで感じたことは、この素晴らしい小説がすでに絶版となっていることから、ほとんどの人にとって知る機会がないのが残念だということでした。

この名作を一人でも多くの方に読んでいただきたいと思い、当サイトでは小説『雪の喪章』を全文掲載させていただくことといたします。

当然のことながら、著作権は水芦光子さんとそのご遺族にありますので、将来『雪の喪章』が復刊され、ご遺族に印税が入る環境となりましたら、当サイトに掲載されている文面は削除いたします。

小説の舞台となった金沢市東山

水芦光子さんのプロフィール

ウィキペディアによると、水芦光子さんは1914年(大正3年)9月12日に現在の金沢市東山で生まれました。実家は金箔商で、幼少期から文学に親しみ、金沢第二高等女学校に学びます。

その後、実家が経営不振に陥り大阪市阿倍野区に移り住みます。そして、終戦の前後に金沢に戻り室生犀星の初めての女性の弟子となり、1946年(昭和21年)に詩集『雪かとおもふ』を出版しました。

当サイトでご紹介する『雪の喪章』をはじめ、『水の花火』、『おんいのち』、『みだれ扇』、『その名、水に記す』、『奪われるもの』、『みんみん刹那歌』などが代表作です。

私が図書館で借りた『雪の喪章』にはご本人の顔写真が掲載されていました。出版された時期から考えて40歳前後の頃の写真だと思いますが、とても綺麗なお顔立ちの女性です。

女性の心情を描いた作風で人気が高く、今もファンの根強い啓蒙活動が行われているとのことです。

水芦光子さんは2003年(平成15年)10月13日に川崎市で亡くなられました。

浅野川(文中では麻ノ川と表記)

水芦光子作『雪の喪章』目次

<目次>


そのひと
鴨料理
深淵
谺(こだま)
秤が搖れる
灰燼
燃えなかったもの
氷室
青いデンキの病院
凄惨な団欒
施療院へ
春はからし菜
留守家族
ある画会の挿話
帰郷
二つのあいびき
告白する女
金と銀
彷徨する女


<あらすじ>

金沢でも指折りの名家のお嬢様だった妙子が、東山の金箔商の狭山家に嫁ぐところから物語がはじまる。

“浮気は男の甲斐性” だと言われていた時代。妙子の夫・国夫もお手伝いさんの女性・せいとの関係を公然と続けている。

妙子の義父は自宅近くの「東の廓」の芸妓さんをお妾とし、義父の法要では、義母・りつとお妾さんが表面上は親密な言葉を掛け合っている。

義母に夫の浮気をどうにかして欲しいと訴える妙子。「廓で妾に散財されるよりも、自宅の女中を囲う方が遥かにマシ」だと言い放つ義母。

そのような生活環境の中で、妙子に秘かな恋心を抱く狭山家の番頭・日下群太郎。

妙子、国夫、せい、りつ、群太郎のそれぞれの生きざまが、激動の昭和初期から終戦直後の世相を背景に展開されていく。


<映画『雪の喪章』>

1967年(昭和42年)1月14日公開

キャスト
狭山妙子:若尾文子
狭山国夫:福田豊士
狭山りつ:吉川満子
楠本せい:中村玉緒
日下群太郎:天地 茂

卯辰山(文中では夢香山/むこうやまと表記)

水芦光子さん原作『雪の喪章』 全文掲載