詰めの甘さはいつもです

金沢旅行の予備知識 #9

かつて江戸、大坂、京に次いで名古屋と並ぶ大都会だった金沢は、争いごとをせずに年月を積み重ねてきた街です。

東京を中心とする首都圏と、大阪を中心とする近畿圏は、関ケ原の戦い以降、日本の主導権を握るために激しい覇権争いをしてきました。

日本の2大経済圏に挟まれている名古屋を中心とする東海圏は、首都圏と近畿圏に負けないように必死に自己主張をしてきましたし、大阪よりも西の広島や福岡の人たちは、自分たちは東京に負けないと思っています。

日本海側に位置する金沢は、国内の激しい主導権争いとは無縁の街です。このことから、勝負ごとに弱いという市民性が醸成されてしまいました。

雲を測る男(金沢21世紀美術館)

悲劇的な敗戦チームはいつも石川県

その良い例が高校スポーツです。石川県の代表校は、野球でもサッカーでも悲劇的な敗戦を何度も経験してきました。

高校野球ファンに語り継がれている試合のひとつに、星稜と箕島の延長18回の死闘があります。この試合は延長12回表と16回表の攻撃で星稜が1点勝ち越した裏に、2死無走者からの同点弾が飛び出しました。

石川県で2番目の進学校である小松高校は、富山代表の新湊に8回まで5-0とリードしていながら、9回に5点差を追いつかれ延長で敗れました。

また、私の母校の金沢桜丘は、21世紀枠で出場した大会の初戦で愛知啓成と対戦し、同点の9回表に2点を勝ち越したにもかかわらず、9回裏に3点を取られて絵に描いたような逆転サヨナラ負けを喫しました。

記憶に新しいところでは、夏の甲子園の100回大会で、星稜が愛媛の済美に7回まで7-1と大量リードしながら8回裏に逆転され、9回に追いついたものの延長タイブレークで逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれました。

金沢城と21美を結ぶアメリカ楓通り

野球だけではなく、サッカーでも歴史に残る大逆転負けを経験しています。

2014年の高校サッカーは、星稜と富山第一という北陸勢同士の決勝戦となりました。

石川県民は富山だけには負けたくないと思っていますし、富山県民も石川だけには負けたくないと思っています。石川と富山の決勝戦で観客が入るか心配でしたが、国立競技場は超満員に膨れ上がりました。

サッカーがお好きな方なら憶えていることと思います。後半40分まで星稜が2-0とリードしていたにもかかわらず、残り5分で同点に追いつかれ、延長戦で敗れました。

奇跡の大逆転の試合では、スタジアムの観客も、テレビで見ている人も反撃に出ているチームを応援するものです。そして、勝利チームに対して「奇跡の大逆転」「歴史的な逆転勝ち」などの賛辞が贈られます。

残念ながら、石川県民はいつも負けた方にいます。

金沢城公園の新丸広場

このあたりで良いかなと手を抜いてしまう

石川県の高校チームが全国大会で悲劇的な逆転負けを喫する理由は、勝てると思ったところで手を抜いてしまうからです。要するに詰めが甘いのです。

薬の行商で知られる富山県の人は飛び込み営業のプロです。自分から積極的に売りに行きます。

一方の金沢の人たちは観光客を待っているだけです。モノを売り込む経験をしていないことで、このあたりで良いかなと思ってしまうのでしょうね。

その例として、金沢駅のおみやげ処の「あんと」の営業時間が挙げられます。

あんとはオープン当初は午後7時閉店でしたが、7時閉店ではさすがに観光客の方に不便だということで午後8時まで延長されました。

ただ、せっかく営業時間を延長するのであれば、なぜ最終の新幹線まで営業しないのでしょうか。東京行きの最終が午後9時00分ですから、8時56分まで営業しても良いじゃないですか。

金沢駅は小さな駅ですので、発車時刻の4分前に会計が終われば、列車に余裕で間に合います。

そうすれば、最終の新幹線の出発間際に、首都圏へ帰る観光客の皆さんが一斉にホームへのエスカレーターを急ぎ足で上っていくという光景が、金沢駅の名物になるのにという気がします。

金沢駅の関係者からは「営業時間を1時間延長したのだから良いじゃないか」と言われそうですが、良いアイデアを徹底的にやらずに、その手前で止めてしまうところが金沢だなという気がします。

ひとつ笑い話があります。明治維新の後、武士を廃業する人には一時金が配給されました。そのお金を元手に事業を起こせば良かったのですが、多くの旧加賀藩士は「ひがし茶屋街」でぱーっと使ってしまったそうです。

私たち金沢市民は、基本的に怠け者なのかもしれませんね(笑)。

金沢駅のおみやげコーナー「あんと」

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江戸時代の金沢は国内で4番目の大都会でした