鏡花のみち (きょうかのみち)

金沢のお散歩コース vol.1
(ひがし茶屋街・主計町茶屋街エリア)

金沢で21世紀になってから観光地として整備されたのが、浅野川大橋の対角線上に位置するひがし茶屋街主計町茶屋街です。お時間に余裕のある時には、浅野川沿いをゆっくりとお散歩されるのもお奨めです。

蛇行しながら流れ「女川」と呼ばれる浅野川は、2人の偉大な作家・泉鏡花と徳田秋聲を生みました。

主計町茶屋街の裏手の下新町で生を受けたのが泉鏡花で、ひがし茶屋街寄りの川沿いに旧居跡があるのが徳田秋聲です。

金沢市では、浅野川の主計町寄りの沿道を「鏡花のみち」、ひがし茶屋街寄りの沿道を「秋聲のみち」と名付けています。

陽光が燦々と降り注ぐ「秋聲のみち」とは対照的に、浅野川の南岸に位置する「鏡花のみち」は、建物の影に覆われる時間帯が長いことが特徴で、幻想文学で一世を風靡した鏡花の作風とマッチしています。

「鏡花のみち」。浅野川大橋から梅ノ橋方向を臨む

天神橋は鏡花の『義血侠血』の舞台となった場所

鏡花のみちは天神橋がスタート地点で、下流に向かって梅ノ橋、浅野川大橋、中の橋と続きます。

町名は天神橋~浅野川大橋が並木町、浅野川大橋~中の橋が主計町です。並木町も主計町も旧町名が復活した由緒ある町です。

主計町は茶屋街として知られていますが、並木町にも割烹料理店などの和食のお店がいくつもあります。また、並木町の川沿いの一等地にはマンションが次々に建設され市内有数のマンションタウンとなりました。

並木町は川沿いの松並木にちなんで名付けられた町で、天神橋から梅ノ橋を過ぎるあたりまで、今も綺麗な松並木が続いています。

並木町の町名の由来となった松並木

梅ノ橋に向かって歩いていくと、1989年に発売されたご当地ソングである『友禅流し』の歌碑があります。

この曲は牧村三枝子さんの歌唱により発表された楽曲で、当時はオリコンチャートのTOP100に56週間もランクインするなど、息の長いヒット曲となりました。

『友禅流し』の歌碑

鏡花のみちが天神橋からスタートしているのは、天神橋が鏡花の出世作となった『義血侠血』の舞台となっているからです。

小説では、主人公である女水芸人の「瀧の白糸」が、橋の上に寝転がっている男性に近づいてみると、瀧の白糸が思いを寄せていた男性であったという場面が描かれています。

そのことを記念して、鏡花のみちには瀧の白糸の記念碑と主人公の水芸人の像が設置されています。説明版には「河は長く流れて向山の松風静に渡る処、天神橋の欄干に凭れて」という原作の一説が記されています。

2014年にオペラ『滝の白糸』が上演されたこともあって、文学ファンやオペラファンの女性が多く訪れています。

小説・義血侠血の主人公の記念碑『瀧の白糸像』

NEXT – 秋聲のみち-秋聲が描いた男と女の心のひだが甦る

並木町から主計町茶屋街へ

鏡花のみちは浅野川大橋を過ぎると主計町茶屋街へと入って行きます。鏡花は主計町の隣町である下新町が生誕の地で、鏡花の生家跡地は泉鏡花記念館となっています。

主計町に入って少し行くと五木寛之氏の小説『浅の川暮色』の文学碑があります。

若い頃に金沢で暮らした五木氏は、金沢を題材とした小説や随筆を数多く執筆していますが、この小説は1978年(昭和53年)に発表されました。

文学碑は小説の中で舞台となった太郎という鍋料理のお店の前に設置されています。

五木寛之氏の小説『浅野川暮色』の記念碑

中の橋の前には主計町緑水苑と名付けられた緑地が整備されています。鏡花の『化鳥』の文学碑が設置されている他、休憩用のベンチやトイレがありますので、ここで一休みされるのもいいでしょう。

鏡花のみちは中の橋あたりで終わりを告げます。

浅野川大橋のひとつ上流の梅ノ橋と、ひとつ下流の中の橋は、明治・大正の風情を残すレトロな雰囲気の橋で、木製の欄干が付けられています。

いずれも歩行者と自転車専用の橋ですので、車の往来を気にすることなく写真撮影ができます。「鏡花のみち」と「秋聲のみち」を行き来する際に利用されることをお薦めします。

ドクターXスペシャルのロケ地になった中の橋

NEXT – 秋聲のみち-秋聲が描いた男と女の心のひだが甦る

泉鏡花記念館ホームページ


鏡花のみちから近い「お立ち寄り」スポット
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