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Shusei Road
(Walking Spot vol.2

稀代の恋愛小説家を育んだ浅野川沿いの道

今や金沢を代表する観光地となったひがし茶屋街。浅野川大橋を挟んで対角線上に位置する主計町茶屋街

この2つの茶屋街は、それぞれ文豪と呼ばれる偉大な作家を生み出してきました。

その作家とは、ひがし茶屋街の端で幼少期を過ごした徳田秋聲と、主計町の隣町に生家跡がある泉鏡花です。

2つの茶屋街を隔てる浅野川沿いでは、ひがし茶屋街寄りの沿道を「秋聲のみち」、主計町寄りの沿道を「鏡花のみち」と名付けています。

秋聲のみちは浅野川大橋のひとつ上流の梅ノ橋のたもとにある徳田秋聲記念館から、浅野川大橋を経由してひとつ下流の中の橋まで続いています。

秋聲記念館を出るとしばらくは閑静な住宅街を歩きますが、住宅街を過ぎたところにあるのが「徳田秋聲旧居跡」です。旧居跡の説明版は浅野川大橋の方を向いていますので、徳田秋聲記念館から歩かれる際は見落とさないように気を付けてください。

徳田秋聲旧居跡

徳田秋聲旧居跡

稀代の恋愛小説家・徳田秋聲が少年時代を過ごした家のすぐ近くには、東の廓(くるわ)と呼ばれた花街がありました。

秋聲のみちは住宅街を過ぎると東山河岸緑地と呼ばれる小さな公園に出ます。この緑地は「ひがし茶屋街」の休憩所のひとつとなっており、トイレとともに喫煙所も併設されています。

川沿いの道には桜並木が続きます

川沿いの道には桜並木が続きます

沿道から臨む浅野川大橋は絶好の撮影スポット

秋聲のみちには綺麗な桜並木が整備されており、木々の間からは浅野川大橋のアンティークなアーチが顔をのぞかせています。

この橋は1922年(大正11年)に架けられた橋で、淡いエンジに白の縁取りがされたアーチは、旧さの中に現代のクリエイティビティを刺激するデザインです。

「秋聲のみち」から眺める浅野川大橋

「秋聲のみち」から眺める浅野川大橋

川沿いの沿道から桜並木越しに見える浅野川大橋は絶好の撮影スポットで、多くの人たちが木々の間からカメラを向けています。

また、浅野川大橋の袂には、国の登録有形文化財の「浅野川大橋詰 火の見櫓」があります。

登録有形文化財の「火の見櫓」

徳田秋聲記念館の前にある梅ノ橋は渡りたくなる雰囲気を持っている橋です。

木製の欄干が特徴で「秋聲のみち」と対岸の「鏡花のみち」を結んでいます。歩行者と自転車専用の橋ですので、車の往来を気にすることなく浅野川の風景を撮影することができます。

また、河原へと降りていくこともできますので、晴れた日には河原の遊歩道をゆっくりとお散歩されるのもいいでしょう。

梅ノ橋

梅ノ橋

茶屋街の周辺には作家を生み出す土壌が

ひがし茶屋街と主計町茶屋街ゆかりの作家では徳田秋聲と泉鏡花が知られていますが、2つの茶屋街のご近所からは秋聲と鏡花以外にも作家を輩出しています。

東山河岸緑地のすぐ近くには、女流作家・水芦光子さんによる1959年(昭和34年)の小説『雪の喪章』の記念碑が置かれています。

この小説は昭和5年の金沢を舞台とし、金箔商に嫁いできた女性主人公をめぐる人間模様を描いた作品で、1967年(昭和42年)には若尾文子さんの主演で映画化されました。

水芦光子さんは秋聲と同じ金沢市東山の出身で、恋愛感情に揺れ動く繊細な女性の心理描写で人気を博した作家です。ウィキペディアによると、今も根強いファンの啓蒙活動が行われているとのことです。

さらにもう一人。直木賞作家の唯川恵さんもこの近くのご出身です。

彼女が生まれ故郷の金沢を題材とした作品『夜明け前に会いたい』では、ひがし茶屋街で生まれ育った女性を主人公に、茶屋街とその周辺の雰囲気や、茶屋街で生計を立てている人たちの人間模様が描かれています。

徳田秋聲、泉鏡花、水芦光子、唯川恵。いずれも艶っぽい作風で一時代を築いた作家ですが、茶屋街に近い生活環境が作風に影響を与えたのでしょう。

ひがし茶屋街のある金沢市東山には、女川とも呼ばれる浅野川が曲がりながら流れ、神社やお寺が数多くあり、すぐ後ろには卯辰山が控えています。そして、茶屋街からは男女の色恋沙汰が子供の耳にも漏れ聞こえてきます。

このような環境が子供の感性を磨いていくのかもしれませんね。

水芦光子さんの小説『雪の喪章』の記念碑

水芦光子さんの小説『雪の喪章』の記念碑

徳田秋聲記念館から中の橋まで続く川沿いの道が「秋聲のみち」です

徳田秋聲記念館ホームページ


秋聲のみちから近い「お立ち寄り」スポット

ひがし茶屋街 | 徳田秋聲記念館 | 金沢市立安江金箔工芸館 | 主計町茶屋街 | 泉鏡花記念館 | 金沢蓄音器館 | 金沢文芸館

観光名所から観光名所への距離と徒歩時間

金沢をお散歩