2017.4.11掲載
金沢でも桜が満開になりました。今年は暖かい冬でしたので4月早々に満開になるかと思っていましたが、2017年は3月下旬に寒い日が続いたことから、昨年よりも5日ほど遅く見頃を迎えました。
桜の名所というわけではありませんが、毎年、春になると金沢の人たちの目を楽しませてくれるのが広坂通りの桜です。
旧広坂通り(現在の百万石通り)は、金沢で一番の繁華街である香林坊と日本三名園に数えられる兼六園を結ぶ道で、金沢市民にとって子供の頃から歩き慣れた道です。現在は百万石通りという名前になっていますが、地元の北國新聞では今も広坂通りと報じています。
旧広坂通りは明治時代から続く道
桜並木は広坂通りの中央分離帯に植えられており、のどかに流れる辰巳用水とのコントラストは心にやすらぎを与えてくれます。
香林坊から兼六園に向かって通りの右側を歩いて行くと、桜並木の向こう側に旧制金沢四高の赤レンガ校舎があり、その先に旧石川県庁(現しいのき迎賓館)があります。
個人的には、広坂通りを歩く時は兼六園に向かって通りの左側を歩く方が好きなのですが、桜の季節だけは通りの右側を好んで歩きます。
兼六園に向かって広坂通りの右側を歩いて行くと、金沢市役所の先に金沢21世紀美術館(通称:21美)があります。
21美にも桜の木が植えられています。現代アートの美術館らしく円形の建物の周囲では屋外展示のアート作品が主役なのですが、21美では桜の木もひとつのアート作品のように思えてきます。
桜の木の下では、21美の職員の方が芝生に散った花びらを、手で1枚ずつ拾い集める姿が印象的でした。
道具を使うことなく、1枚1枚を手で丁寧に拾い集めるのも21美の職員の仕事なのかな?と思いましたが、もしかすると、拾い集めた花びらを何かの作品に生かすのかもしれませんね。そのような想像をさせてくれるのも21美ならではです。
金沢は都市型テーマパーク!
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「犀星のみち」は知る人ぞ知るお花見コース
21美からにし茶屋街に向かって歩いて行くと犀川大橋に差し掛かりますが、犀川大橋を左手に入り川沿いの道を行くと犀星のみちと名付けられた桜並木の遊歩道に出ます。
犀星とは金沢の三文豪のひとつに数えられる室生犀星のことです。ちなみに“犀星”の名はペンネームで、犀川の西に住んでいるという意味で本人が名付けました。
直線的で力強い流れの犀川は、金沢では古くから“男川”とも呼ばれてきました。
320mほどの直線の遊歩道には、川べりの堤防に沿って桜並木が続き、途中にはレトロな雰囲気の電話ボックスがあります。今ではほとんど使われなくなった公衆電話ですが、撤去されることなく「犀星のみち」の景観のひとつとして佇んでいます。
ところどころに堤防から河原へと降りていく階段がありますので、お時間に余裕のある時には、犀川の河原をゆっくりとお散歩されるのもお奨めです。
さて、犀星のみちが終わると、犀川大橋のひとつ上流に架かる桜橋に出ます。桜橋は文字通り橋げたがピンク色に彩られています。
桜の季節に桜橋を渡ると、昔の人がこの橋を「桜橋」と名付けた理由が分かるような気がするほど桃色が目に飛び込んできます。
寺町台地の断崖に向かって桜橋を渡っていくと、前方の断崖にも桜を見ることができます。そして、桜の下にはジグザグに上って行く階段坂が見えます。この階段坂は金沢の若者たちによく知られるW坂です。
この坂道は井上靖氏の小説『北の海』にも出てきます。そして、階段坂の踊り場には『北の海』の文学碑が置かれています。
この坂道は正式には石伐坂という名称なのですが、旧制金沢四高の生徒たちが、アルファベットのWを書くように上って行く形状からW坂と名付けたものです。ちなみに井上靖氏も金沢四高の卒業生です。
W坂から桜のピンクの花びら越しに見る桜橋は、この季節ならではの景観です。
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