2017年3月19日付の北國新聞に、徳田秋聲から家族に宛てた断筆への思いを綴った書き置きが、徳田秋聲記念館で公開されたという記事が掲載されてしました。
今回公開された書き置きは、金沢の三文豪の一人に数えられる徳田秋聲が、代表作『縮図』の執筆を諦め、筆を折る決意を綴った書簡で、東京都文京区の徳田家で見つかったものです。
書き置きは200字詰め原稿用紙1枚で、作家だった長男一穂氏に宛てて綴られています。「少しくらゐ妥協してみたところでダメのやうです」、「遽(にわか)に立場を崩すわけにもいかないから、この際潔く筆を絶たう」と思いを告げています。
この書簡を綴った当時、秋聲は71歳でした。記事には、小さな文字で走り書きされた書面から、開戦間際の緊迫した雰囲気の中で、執筆に打ち込んでいた老作家の姿が偲ばれると紹介されています。
未完の遺作『縮図』の連載途中での断筆
『縮図』は東京で置屋を営む芸者、銀子の半生を描いた長編小説で、1941年(昭和16年)6月から「都新聞」に掲載されました。秋聲は同紙に「時代の許す範囲で自由に書きたい」とコメントを寄せていました。
真珠湾攻撃の半年前という日本の激動期にあって、花柳界を描く小説の内容に内閣情報局から圧力が加わったことで、「妥協すれば作品は腑ぬけになる」と断筆を決意しました。
徳田秋聲記念館の薮田由梨学芸員によると、情報局検閲の原稿には形容詞まで訂正が入り、女主人公の銀子は「芸者ではなく、看護婦にせよ」との申し入れまであったとのことです。
また、薮田学芸員は、執筆当時の秋聲は意に染まないながら政府の文学統制に協力していましたが、それでも「自分の作品だけは、どうしても筋を変えられなかったのだろう」と語ったとのことです。
小説『縮図』は連載80回で中断したまま、未完の遺作となりました。戦後、一穂氏が編んだ単行本『縮図』の後書きによると、秋聲は1943年(昭和18年)に死去するまで「縮図だけは完成させておきたい」と口にしていたそうです。
紙面には、200字詰めの原稿用紙に綴られた秋聲の書簡の写真が掲載されており、記事では、秋聲の作家としての矜持を物語る貴重な資料となると述べられていました。
なお、書き置きは徳田秋聲記念館の企画展「父への手紙」で7月2日まで公開の予定です。
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センセーショナルな流行作家・徳田秋聲
金沢では泉鏡花、室生犀星、徳田秋聲の3名の作家を金沢の三文豪と称しています。
泉鏡花は「滝の白糸」のオペラ化もあって女性の間で根強い人気がありますし、室生犀星は国語の教科書に出てくることから地元でも知られているのですが、徳田秋聲は今も市販されている小説が『あらくれ』のみということで知名度が低いのが現状です。
そのこともあって、徳田秋聲記念館では、『黴』『爛』『仮装人物』『縮図』などの秋聲の代表作を現代表記に改めて自費出版しています。
不倫関係の女と手を切りたいのだけれど、あの女には自分が必要だと自分自身に思い込ませ泥沼にはまってく男。何を考えているのは分からない根暗な性格の裏で、あの男と今別れるのが得か、もう少し貢がせた方が得かと緻密な計算を立てている女。
現代表記された秋聲の小説を読むと、男と女とどろどろとした心の機微が描かれており、21世紀の今日でもベストセラーになるのではないかと思えるほどのストーリーです。
さて、今回の書簡が見つかった徳田家は東京都文京区の本郷6丁目にあります。文京区本郷と言えば、江戸時代に加賀藩主前田家の屋敷が置かれていた場所で、東大の赤門は、前田家が徳川家のお姫様をお輿入れする際に建てられたものです。
五木寛之氏のエッセー『五木寛之の金沢さんぽ』の2006年2月の手記には、五木氏が秋聲のお孫さんにあたる章子さんを訪ねたという記述があります。
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