にし茶屋街の見どころ#1
私の故郷の金沢では、茶屋街にデビューする芸妓さん(新花)も地元メディアのニュース素材となります。
新花さんは、お披露目の日に所属するお茶屋の女将に付き添われて、金沢市長にご挨拶に伺うことが慣例になっています。そして、金沢市長も公務として新花さんとの面会の時間を取ります。
井上雪さんの著書『廓のおんな』では、ひがし茶屋街の人気芸妓・すず見さんが独立して置屋を開く際に、老舗料亭の「金城楼」で宴席が設けられ、石川県知事、金沢市長、警察署長が列席したと記されています。
芸妓さんの祝い事に際しては、金沢市長が当然のことのように時間を割くのは金沢の伝統のようです。
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三茶屋街で最も芸妓さんが多い「にし」
現在のにし茶屋街では、『明月』『美音』『はん家』『浅の家』『華の宿』の5つのお茶屋に計15名の芸妓さんが所属しています。15名という人数は金沢の3つの茶屋街で最も多い数です。周辺環境の違いが理由かもしれません。
ひがし茶屋街と主計町茶屋街が位置する浅野川周辺では、茶屋街のエリアから外れたところでも築年数が経過している木造建築や、竣工時にはモダンな “ビルジング” と言われたであろうレトロな洋風建築が見られます。
一方、犀川に近い「にし茶屋街」の周辺は現代風の閑静な住宅街です。作家の五木寛之さんもエッセーで書かれていましたが、ひがしと主計町がある浅野川沿いは金沢では下町にあたり、にしの近くを流れる犀川沿いは山の手にあたります。
元々、金沢には東京のような山の手と下町という区別はありません。しかしながら、どちらが下町で、どちらが山の手かと言えば、にし茶屋街のある犀川沿いの方があか抜けています。
にし茶屋街の見どころ#3
落雁、チョコ、甘納豆。にしはスイーツ街
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戦後の金沢は犀川周辺から発展
にし茶屋街から犀川大橋を渡ると金沢随一のグルメ&ナイトタウン・片町です。昭和の頃の片町は金沢市民の憧れであったことから、犀川を挟んで隣町の「にし茶屋街」の近隣も、自然の流れとして街並みが近代化されていきました。
このような背景から、芸妓を目指す若い女性は、周辺環境が垢抜けしている「にし」の方が飛び込みやすいのかもしれませんね。
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にし茶屋街は村松友視さんがご贔屓
著名な作家の中には、ありがたいことに金沢を贔屓にしてくれている方が結構います。五木寛之氏は主計町を舞台とした小説『浅の川暮色』『金沢あかり坂』を執筆し、エッセーでも主計町について書かれています。
一方、2015年に『金沢の不思議』というエッセーを出版した村松友視氏は、にし茶屋街がご贔屓のようで、にし茶屋街の「美音」で女将の影笛を堪能した後に、向い側の「明月」にお忍びで入ったと書かれています。
お茶屋は「一見さんお断り」
にし茶屋街では、村松氏のエッセーに出てくる「美音」「明月」と、「はん家」「浅の家」「華の宿」を合わせた計5軒が芸妓さんを抱える現役のお茶屋です。
ご存知のとおり、ひがし、にし、主計町の茶屋街では、芸妓さんを呼ぶ宴席は “一見さんお断り” です。
時代の流れとともに、今後、一見さんお断りの慣例を破棄する茶屋街が出てくるかもしれません。もし、一見さんokの茶屋街が出るとすれば、芸妓を目指す女性が飛び込みやすい「にし」のような気がします。
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にし茶屋街への行き方
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にし茶屋街の周辺スポット
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にし茶屋街から他の観光名所へ
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