にしの現役のお茶屋は4軒

にし茶屋街の見どころ vol.1

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私の故郷の金沢では、茶屋街にデビューする芸妓さんも地元メディアのニュース素材となります。

2018年には、にし茶屋街の「浅の家」から新花つるさんがデビューするという記事が掲載されました。

新花さんは、お披露目の日に所属するお茶屋の女将に付き添われて、金沢市長にご挨拶に伺うことが慣例になっています。そして、金沢市長も公務として新花さんとの面会の時間を取ります。

井上雪さんの著書『廓のおんな』では、ひがし茶屋街の人気芸妓・すず見さんが独立して置屋を開く際に、老舗料亭の「金城楼」で宴席が設けられ、石川県知事、金沢市長、警察署長が列席したと記されています。

芸妓さんの祝い事に際しては、金沢市長が当然のことのように時間を割くのは金沢の伝統のようです。

明月の女将・乃莉さんは石川県指定無形文化財

金沢旅行までお時間のない方に
にし茶屋街が3分でわかる画像集

三茶屋街で最も芸妓さんが多いのは「にし」

現在のにし茶屋街では、『明月』『美音』『はん家』『浅の家』の4つのお茶屋に計19名の芸妓さんが所属しています。19名という人数は3つの茶屋街で最も多い数です。

茶屋街の格式から言うと「にし」よりも「ひがし」の方が高い格式を誇ってきたのですが、21世紀の現代では、芸妓を目指す若い女性は「ひがし」よりも「にし」の方が飛び込みやすいのかもしれません。

それぞれの茶屋街の周辺環境を比べると、にし茶屋街に最も多くの芸妓さんが集まる理由が分かるような気がします。

ひがし茶屋街と主計町茶屋街が位置する浅野川周辺では、茶屋街のエリアから外れたところでも築年数が経過している木造建築や、竣工時にはモダンな “ビルジング” と言われたであろうレトロな洋風建築が見られます。

一方、犀川に近い「にし茶屋街」は、茶屋街から出ると現代風の閑静な住宅街になります。

作家の五木寛之さんも自身のエッセーで書かれていましたが、ひがしと主計町がある浅野川沿いは金沢では下町にあたり、にしの近くを流れる犀川沿いは山の手にあたります。

元々、金沢には東京のような山の手と下町という区別はありません。しかしながら、どちらが下町で、どちらが山の手かと言えば、にし茶屋街のある犀川沿いの方が垢抜けています。

犀川大橋を渡ると金沢有数の繁華街・片町です。

昭和の頃の片町は金沢市民の憧れの街であったことから、犀川を挟んで隣町になるにし茶屋街の近隣も、自然の流れとして街並みが近代化されていきました。

このような背景から、芸妓を目指す若い女性は、周辺環境が垢抜けしている「にし」の方が飛び込みやすいのかもしれませんね。

はん家と明月はお隣さん(華の宿から撮影)

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にし茶屋街への行き方

にし茶屋街は作家の村松友視さんがご贔屓

著名な作家の中には、ありがたいことに金沢を贔屓にしてくれている方が結構います。五木寛之氏は主計町を舞台とした小説『浅の川暮色』『金沢あかり坂』を執筆し、エッセーでも主計町について書かれています。

一方、2015年に『金沢の不思議』というエッセーを出版した村松友視氏は、にし茶屋街がご贔屓のようで、にし茶屋街の「美音」で女将の影笛を堪能した後に、向い側の「明月」にお忍びで入ったと書かれています。

明月

美音

にし茶屋街では、村松氏のエッセーに出てくる「美音」「明月」と、「はん家」「浅の家」を合わせた計4軒が芸妓さんを抱える現役のお茶屋です。

はん家

ご存知のとおり、ひがし、にし、主計町の茶屋街では、芸妓さんを呼ぶ宴席は “一見さんお断り” です。

時代の流れとともに、今後、一見さんお断りの慣例を破棄する茶屋街が出てくるかもしれません。もし、一見さんokの茶屋街が出るとすれば、芸妓を目指す女性が飛び込みやすい「にし」のような気がします。

浅の家

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にし茶屋街への行き方

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にし茶屋街-今風の街並みに佇む小粋な芸処