第16章  帰郷

国夫が送還されてきた船は、おそらく大陸から内地へ送還されてきた病院船の最後のものであったろう。船の輸送は、次第に困難となり、新しい、そしてあまり役にも立たぬ俄か仕立の出征者を、内地から運ぶのがせい一杯で、彼の地の患者の送還など、まったく疎かにされる時勢となっていた。現地では、この種の患者の多くを、大作戦に参加させて、病死よりは、戦死という名誉を与えていたのである。

幸か不幸か、そういう名誉を免れた一団は、上陸地の別府でも、軽症につき、自宅療法を許すという名目で、程なく病院を逐っ払われたが、国夫もそのなかの一人であった。

両肺に不逞な病気を宿して還ってきた良人の栄養を得るために、その日から妙子は、血眼になって、知る限りの手づるを求めて駈け廻らねばならなかった。こんな筈ではなかったのに、と彼女に思わせたものに、もうひとつ、夫婦の躰のやりとりがあった。軍人白衣を剥奪されて、ただの無力な病人でしかない良人の、それだけが戦場から持ち帰ったと思われる夜毎の情欲も、現実には妙子の新たな荷となりつつあった。防空壕を掘り、勤めに出、配球物をとりに駈けめぐって疲れきった妙子の躰の上に、夜毎落ちてくる男の顔は、どうかすると、腑におちないほど、たくましく執拗なものであった。それも今は、夫婦だけの家ではなかった。常に意識して、病菌を吸わせまいと父から引離しておかねばならぬ年若い彦一の座があった。留守家族のながい習慣で、むしろ一家の主人のように分別くさい顔をした国民学校六年生の彦一が、家のまん中に坐っているのであった。八年ぶりの親子の対面には、それほど彼女が待ちあぐねていたあまい団欒の味はなかった。

 

その年の夏、一家は、金沢へ疎開した。

思いがけず、金沢のせいから、疎開をすすめてきたものである。せいからは、年に一度か二度、年賀状を含めての便りがあるだけになっていたのだが、病気の国夫の帰還の通知を受けて、彼女の手紙の文面は俄かにあらたまっていた。

奉公先の女主人が歿リ、すでに女中頭となっていたせいが、後継者のないところから懇望されて、旅館の名も「くすもと」と自分の名に改めて経営していること、目下は、東京方面からの疎開客で一杯で、下宿とも、アパートともつかず部屋貸しをしている状態であること、今ならば、ともかく一部屋は確保しておくから、という手紙である。何より妙子の心を動かせたのは、商売柄、食糧が何でも手に入ると書いてあることだった。控えめなせいの手紙には、それらの食糧を、病人に喰べさせたい願いが、脈打っていた。

すでに南の島々は、順々にアメリカ軍によって占領され、本土空襲もどうやら噂だけではすまない情勢に至っていた。大阪の食糧の切迫は、健康な常人すら堪えがたいほどである。

「今更、せいのところへ……。」

とためらう国夫へ、

「このままでは治る病気も治りません。ともかく金沢へ帰りましょう。せいのところがまずいなら、そのうち何処か間借りでも探すとして、ともかく食べもののあるところへ行って、躰を元のとおりにして下さい。」

と妙子はゆずらなかった。出征の時、十七貫あった国夫の体重は、あきらかに、五貫は減っていたのである。

六月の半ばであった。捨てておいても惜しくない道具をそのまま、一家は見廻りのものをまとめて、金沢へと発ったのだ。身動きもできぬ列車の混雑ぶりを予想して、水気のものは一切摂らなかったから、一晩過してやっと金沢駅に弾き出された親子三人は、構内の水道の蛇口に大口をあけ、帰郷第一の感慨が、あまりにもぶざまな光景にさらされているのを、可笑しがった。見栄も外聞もなく、妙子は両腕に倒れかかる痩せ衰えた国夫を抱えていたのである。荷物を一手に引受けた彦一が、二人の背後からつづき、ゆっくりと水を呑んだ。彼は、母親より背が高く、一番重いリュックを背負っていた。

そんな三人の姿を改札口の外で見まもる出迎えのせいは、信じきれぬものを見るように、眼を大きく光らせた中年のモンペ姿の女であった。

手紙に一と間と書いておきながら、部屋は更に三帖一と間を、国夫の病室のためにとってあった。納戸を急造したものだと、せいは言訳をしたが、病人を臥かすに恰好の風通しのよい小部屋であった。妙子たちの居間となる六帖とは続いていない不便さはあったが、却って病人の独り寝には、静かでよさそうに思われた。

その小部屋の壁一ぱいに切りとった窓に、欅の大樹の緑が高々と掩いかぶさっているのを、せいはしきりと口にして、二人に見せたがった。国夫と妙子が、窓から躰をのり出して見上げると、蒼いセルロイドを幾枚もかさねたような透明な緑の濃淡が、空にひろがり、そこに差出された三人のそれぞれの感情を、鎮静剤のように鎮めていた。

「薄情にも、永いあいだ慰安袋ひとつ差上げませんと……。」

自分の潔白を、薄情と言い換えて、妙子に言訳をするせいは、早速にも、用意した白米の粥を病人に運んだり、着換えの糊のきいた浴衣を三人にすすめたり、昔のとおりまめまめしかったが、どこか割り切ったようなよそよそしさがあった。

――ざっと眼で数えただけで、階下の間数は十四、五もあろうか。思ったより大きい旅館であるのに、国夫も妙子も内心は驚きながらも、言葉に出さなかった。わずかに、せいが座を立ったあと、それらの部屋の方へ眼をやるだけであった。噴水の渇れた池を中心に、常時なら庭園と呼ばれる広い庭を、殊ど畑に作りかえて、茄子や南瓜の花ざかりも、それが見苦しいというより豊饒な感じを与えるのも時勢であった。その庭をはさんで部屋がコの字型に並んでいた。どの部屋の廊下にも、こんろや鍋がおかれてあり、一時しのぎの疎開者の宿らしく、ざわざわとしていた。彦一が、その廊下を行ったり来たりしていたが、庭下駄をはいて、珍しそうに畑におりていった。その辺りを飛ぶ白い蝶がちかちかと妙子の視野へ入ってくる。と、せいについてのまよいというか、過去の悩ましげな思い出が、甦ってくるのであった。

国夫はうまそうに粥を喰べていた。その横顔には、大阪で見られなかった‘柔らかな’そして艶めいたものすらあった。せいの作った粥を一口すすっただけで、彼が昔の面影を身につけはじめた、という容易でない気持を、妙子は抱いたのである。だが、彼は喰べ終えると、いかにも大病人らしく床に就き、暫く不機嫌な顔をしていた。そして、厭だなあ……と呟いた。

「何が?」

妙子が、敏感に聞きとがめて訊ねた。

「いや、何でもない、」と彼は答えてから、

「自分のことだ。」とつけ加えた。

せいは、妙子と彦一の食事を整えるために、暫く部屋から遠ざかっていた。せいに聞かれなくて済んだこの一言を、妙子は、そっと揉み消すように、暫く黙って、国夫と対い合っていた。

八年目に毀れかかった廃物として戦場からほうり出されてしまった国夫は、今自分を、もとの婢に養われようとしている無力な人間として、粥をすすり終った途端、劇しい嫌厭を覚えたものだろうか。それとも、そのせいと妙子と、二人のあいだへ、また元のとおりに入ってしまったことを、良人は厭だと言っているのであろうか。しかし、腹が痛いと言って、突然厠へ立っていった彼を見送って、妙子は何となく、その言葉を、自分の上にも呟いてみるのだった。

あんなにも離れようとしたせいの許へ、「食糧難」と「良人の病気」を口実に、臆面もなく帰ってきて、無一物のまま平然と坐っている自分が、そのとき、まことに意気地なくさもしく思われたのである。

当分のあいだ、国夫一人は病室で食事を摂ることとし、妙子と彦一は、せいと、せいの居間で食事をすることになった。

間もなく昼食と夕食のあいだのような食事をするために、せいに呼ばれて‘表玄関脇’のせいの居間へ入った妙子は、自分たちが、此処の寄食人であり、せいが主人であることを今更にはっきりと認めねばならなかった。金庫や帳簿のあるせいの部屋には、ちょっとした郷土玩具の蒐集もあり、せいが坐ったまま手の触れられる棚には、幾本もの部屋の合鍵の束が仰々しくぶら下っていた。提灯、懐中電燈の類も豊富におかれてあった。

折から、女中が膳を運んでくるのへ、

「三十分ほど経ってからでいい、かおるを寄越しておくれ。」とせいは吩付けた。

「若いけど、筋のいい女あんまを出入りさせていますから、よろしかったら、此処で一緒に揉んでもらいなされば。」と妙子に言った。二、三日来の疎開騒ぎで、妙子はぐったりとなっていたが、そんなせいの誘いに気安くあまえる気にはなれなかった。商売柄、せいはあんまをとることに馴れている容子であったが、妙子には、金を払ってとるあんまは、今は縁遠いものであった。

膳には、果肉のようにあまくて透きとおった鯛の刺身がのっていたが、昨今は、日本海も魚雷が危なくて漁船が出渋り、上等の魚は一般人の手に入らなくなったとせいは説明し、その魚も、出入りの魚屋にとくに頼んだものであるらしい口吻であった。

食事のあいだも、せいは、女中が呼びに来て、一度ならず座を立ったが、客に対ったときと、雇人に対ったときと、声の区別ができていて、すっかり板についたおかみであった。

「若奥さまはちっともお変りない。」

と、食事をとっているあいだも、せいはしきりに言った。若奥さまはよして、と妙子は苦笑したが、せいも変っていないとは、世辞にも言えなかった。妙子より三つ年下の筈のせいは、眼尻に幾筋も小じわを加え、笑えば眼がくぼみ、顎のあたりには、どこやら女ざかりの過ぎた貫禄といえばそうもいえる中年ぶとりの肉がついていた。

「お顔はちっともお変りないが……、」と、せいはまた繰返し、

「お手の、このひどい荒れようは……。」

と、妙子の膝の手を、自分の手でさわってみた。

「まるでこれは、昔の面影もございません。」

そして、ころころとおかしそうに笑い出していた。その妙子の手の上にかさねた自分の手が、ぶざまにもっと荒れていたからである。

「ほゝゝゝ、お互いに苦労しましたね。」

「ほゝゝゝ、女の仕事のあるだけのことをしてきましたもの。」

「いえいえ、男のすることまでもして来ました、ほゝゝゝゝ。」

二人は、快活に、気の合った笑い声をたてた。

「若奥さま、美しい手がほしゅうございますね、私は若いとき、顔はどうでも、一度でいい、美しい手がほしいと思うて来ましたげ。それで、初めて若奥さまの手を見たとき、あんまりおきれいで。……女はどうでも手がきれいならば幸福なのではありませんか?  そして女の手さえきれいならば、世の中もおだやかなのではありませんか?」

簾戸の外で、あんまの来たことを告げる女中の声がしたとき、妙子は立上り、礼を言って部屋を出かけた。

「あんまりお気をつかわんと。若奥さま。……なんぞ不自由なものがありましたら、仰言って下され、大抵のものは手に入りますゆえ。」

女中が敷いた清潔なシーツの敷布団の上に、腹ばったせいに呼びとめられて、やさしくこう念を押されると、妙子は、寄食人として充分もてなされている自分たちの身の上に、逆に言いがたい圧迫感が加わったような、容易でないものを感ずるのであった。

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