第10章  青いデンキの病院

その翌年の正月、せいは京太を産んだ。

それから一年して、妙子が彦一を産んだ。

京太は躰が大きくて、国夫そっくりとくりくりした顔立ちをしていたが、彦一の方は、どうしたものか、躰もひよわく、顔だちも、夫婦よりは、妙子の実家の、桐野の兄によく似ていて、公卿のように小じんまりした目鼻をしていた。発育もおそく、泣いてばかりいて、京太が小学校へゆく年ごろとまちがえられるほどの大きさであるのと較べて、背負えば、赤ん坊のようにしか見えなかった。

京太はまた賢くもあった。病弱の弟を、何かにつけてかばい、兄顔をしたし、よく守りをした。夏など、眠っている彦一の傍にいて、大きなうちわや蝿たたきで、蝿や蚊を叩くのが得意であったが、いかにも幼なごころに、母親の心をわきまえているようであった。

彼は六つの時、商用の国夫に従いて、大阪まで行ったことがあったが、妙子が買って与えた、目までかくれそうな大きな水平棒をかぶり、初めて汽車に乗る悦びで大はしゃぎであった。妙子にしてみれば、自分の眼のとどかないところで、心ゆくばかり息子を可愛がっている、そんな大阪の盛り場をゆく父子の姿を想像して、むしろ哀れであったのだ。

その冬は、百日咳が流行して、京太がまず罹った。不断丈夫な京太は割合かるくすませることが出来たが、彼から感染した彦一の方は、意外に重かった。土地の迷信で、家の軒に墨でぬった二人の子供の掌形が判紙に押されて提げられたが、小さい彦一の掌形は、いつまでも軒先にぶらさがっていた。

その年はたいへんな大雪であった。一晩に家も塀も埋まるような雪が、二日も三日も降りつづいた。百日咳から、肺炎をひき起し、一時は生命も危ぶまれた彦一は、一にぎりの小さな顔を、せいのねんねこにくるまって、医者に通った。

京太の百日咳を感染させたことで、せいは身も消え入るばかり気の毒がった。

「申訳なや、申訳なや……。」

と口癖のように言い、その母親の横から、なにか非常にわるいことでもしたような顔つきの京太が竹ボコリをはいて従いていった。

医者の軒先には、いつも青い電燈がともって居て、雪に埋もれた中に、昼でも青々とシグナルのように見えた。京太はそれを、「青いデンキの病院」と呼んでいた。

彦一の咳はしつこくて、春に入って、漸く雪が融け出すころ、おさまっていったが、今度は、夜驚症といって、夜になると泣き出す癖がついた。

深夜に、妙子がもてあましていると、せいが起きてきて、背負ってくれた。裸おんぶという、せいも裸なら、彦一も裸でおんぶされるのだが、じかに体温がつたわってくる快さで、ふしぎと、彦一は楽々と眠ってしまうのであった。

せいはそれがうれしいらしく、

「坊さまは、らくじゃっと。せいの背中が一番らくじゃっと……。」

得意さのあまり、つい何げなく言うこの言葉が、妙子にとっては、どきりと胸を刺される言葉であったのだ。

廊下には、五つになってもまだ要る彦一のおむつが、金網のおむつ干しにかけられ、こんろの火は深夜にもあかあかと燃えていた。そのこんろの火を覗いたり、おむつを代えたり、かと思うと、ながながと天井から編み垂らしたかきもちの下を、彦一を背に往ったり来たりして、せいは子守歌のように節をつけて、何度も繰返すのである。

「坊さまはらくじゃっと……せいの背中が一番らくじゃっと……。」

国夫の血が、この息子にもそのまま流れていると、その言葉はつたえているのである。

隔日々々に、青いデンキの病院へ、彦一の薬を取りにゆくのが、京太の役目になっていた。毛糸の正チャン帽をかぶり、竹ボコリで雪道を辷って駈けてゆく彼は、しっかりと薬瓶を握ってりりしかった。

「道草せんと!」

とせいはその度教えたが、その言葉の通り、道草ひとつせず駈けて行った京太は、ある日、その帰途、ある家の屋根から落ちてきた大きな雪なだれの下になって、あっと言う間もなく息絶えたのである。

せいが駈けつけた時は、薬瓶の破片もろとも茶褐色の液が雪に浸み、京太は何の抵抗もなく口をあけたまま、ぐんなりとなって、こと切れていた。

「だら(馬鹿)じゃ、だら!だら!」

狂人のように喚きながら、せいは、たった今、京太が出てきた青いデンキの標院へ、屍体を抱えて駈けていった。

 

その日は、不幸なできごとが、狭山家にもう一つ起ったのである。

国夫の予想通りの好景気に乗った製箔の最盛期はすでに過ぎていた。箔を微妙な生きものと、妙子がたとえたのは本当であった。

華麗で、繊弱で、気むずかしくて、腺病質の美人にも似た箔の生命は、着々と用途を拡げながら、時流に熱愛されたり、毛嫌いされたり、また地金の変動によっては、哀れな狂態を演じなければならなかったが、支那事変の勃発と同時に、まず不景気の矢面に立たされた。相次ぐ地金使用制限令によって、業界は忽ち破滅に近い打撃を受けたのだ。

殊に国夫の場合は、もともと出発に資本の無理があった上に、彼の温情主義というか、事業の理想化といったものを、性急にやり過ぎた感があった。自分から言い出した職人の待遇改善にかけられた負担は、数年間の歳月を通して、彼自身の首へ意外に重くのしかかっていったのだ。

親ゆずりの派手な性格から、増産、増築と外見は勢いよく再興ぶりを見せて。負債の面では一向に妙子たちの生活にひびかせないように気づこう彼であった。妙子はそれに気づかぬではなかったが、良人のそうした頼もしさには、とかく黙ってよりかかっていたい妻の弱みがあるのだった。

その日、朝早く、家人は五人の職人に叩き起された。中に年配の下職の今村もまじり、また前科をもつ、半分博徒の岩永の秀という若い職人もいた。岩永の、凄味のある眼付と、「旦那に逢わせろ。」と取次の小女に浴びせた威々しさから、彼が、四人を率いて来たのは瞭然としていた。

国夫は前日から、頭痛がすると言って、臥ていたのだが、職人の名を聞くと、丹前姿で出て来た。思いなしか、顔は蒼ざめ。なにか心に決めてかかった緊張を露わにしていた。

年々に増築されて、今は大屋敷となった母屋を、彼等は、のしのしと歩いて、仏壇のある部屋に坐り込んだ。

「仏壇を開いて下され。先代に聞いてもらわにゃ……。」

と、今村が言ったからである。五十を過ぎた彼は、仕事上手と実直で、国夫にも、職人間にもこれまで信頼されてきた男である。

良人の命ずるまま仏壇の扉をひらいていた妙子は、事態が思ったより切迫したものであるのを、背後の今村の、一言二言で感じたのだ。

「旦那さま、こうなることは知っておいでの筈ですぞ。とうとう、この狭山は破産したのですぞ!」

わなわなと、声を慄わせて、詰めるような今村の声であった。

国夫の出した多額の不渡手形が、ついに銀行から破産宣告を受け、差押えの執行は、すでに時間の問題となっていることを、彼は妙子に知らせたのである。すると他の男たちも、勢いを得て、先刻から石のように黙している国夫めがけて、痛烈な言葉を浴びせるのであった。

「破産したあんたは、それで済むかも知れんが、これから私等はいったいどうなることか。真綿で首締めるとは、あんたのことよ。」

「親が親らしゅう得るもの得って肥っていてくれれば、子は子で自然に肥るのじゃ。あなたが親方らしゅうないことばっかりするから、こんな始末になりましたぞ。」

「学校出という者は、やれスポーツの、慰安のと、ほんの目先、口先のいいことばっかり言うて、ごまかすものよ。私は始めから、みな解って居った……。」

かつて妙子が、畑にうずくまって洩れ聞いた声々である。そして今は、目の前の事業主に倒れられて、明日にも事欠く生活者の切実にぶちまく怒りと愚痴であった。国夫は、俯伏し加減に、腕組みをしたまま、うむとも洩らさなかった。彼はかつての危急の時、東屋に破格の援助を受けて立直れたことから、今度も亦、大阪へ一切を報せていた。東屋の電報か、電話が入り次第、職人一同を集めて、事の次第を相談するつもりであったのだ。そして、その電報か、電話は、今日中にも届く筈であった。ただ彼は、一々そうした弁解をする正確ではなかった。殊に正面から多人数でこのように押しまくられると、ひどく無力な人間になってしまうのだった。妻の妙子に、良人が、ふと厭人的、厭世的な人間に見えるのはこんなときであった。子供のように見えると、妙子は思うのだった。自分の善意が、あまりにもみじめに取扱われたのを悲しんでいる良人が、子供のように素直にも見えたのである。そしてこんな国夫の態度に、職人たちは一層苛立ってきた。

「何か言え!」

と、岩永の秀が立上ると、私らは明日からどうなる?  昨日までの賃金はどうなる?  と性急な質問を放って、他の者も立上っていた。老人の今村だけが、腰を落ちつけ、さすがに仲間を制するつもりで、両手をひろげたのだが、岩永の秀は、国夫に飛びついていった。秀の拳を受けて、国夫はぶざまに仰むけにのけぞった。

国夫は剣道も柔道も心得ていたし、体格からいっても、秀よりずっと優れていた。彼がここで力をふるえば、忽ちこの男は投げ倒されたにちがいないのである。彼がどんなに彼等とあらそいたがらないでいるか、妙子には容易に察しのつくことであった。彼女は、良人と職人のあいだに入って、きりきりと芝居じみたしぐさを演ずる自分を意識しながら、しかし、言うだけのことは言わねばならなかった。

「乱暴はよして下さい。もう少し落ちついて下さい。」

妙子の蒼く澄んだ大きな瞳でにらまれると、さすがに男たちはたじろいで、この無力な主人を相手にするより、よっぽど興ありげに、彼女の方へむきなおった。彼女の勢った劇しさにもかかわらず、座はふしぎに和んで、一応は落ちつくかに見えた。今村が、噛んで含めるような口調で、彼女に喋り始めたからである。

――私は、三十年間、狭山の飯を喰ってきた者です。なにせ、商売が商売故、浮き沈みは劇しかった。……先代の時も、不景気で潰れかけたことも二、三度はあったけれど、私らは先代を信じ、先代も私らを信じ、親子のように助け合ってきたものです。私の打った箔が、先代の自慢の種で、さる宮様が御来沢の時は、狭山で金屏風を献上して、面目をほどこしました。先年の失火さわぎの時も、同業者から、私を引き抜きに来たが、私はあなた方に見切りをつけず、残って仕事をさしてもらいました。私は恩知らずにはなりとうなかった。――だが、あなた方をえらいと思って出入りしたことは一度もなかった。ただ先代の恩義のためです。今度の破産のことにしても、一言私に相談してほしかった。役にも立たぬ者ではあるが、旦那の今度の仕打ちが残念でなりません。それにしても、今更この私は何処へ行きますか?  今では、私を使ってくれるところはありません。――と、彼は嘆くのである。

群太郎と縁談のあった娘は、半年前に肺結核で歿り、今村自身も重い結核に罹っていたのだ。一日中部屋の戸を締めきってするこのうつし仕事の従事者には、結核患者がことの外多かったのである。

「おっさんの言う通りだ。」

と、国夫はぼそりと言った。

「結局、僕が青二才で、権力も支配力もない人間だったということなんだ。……」

自分はむしろそんなものを持たぬ経営者でありたかったのだが、と彼は心のなかで呟いていた。彼は、職人たちが、もはや、そのような主人の言葉を聞きたがっていないこと、そして、今、賃金が貰えるかということをしか考えていないのを痛感していた。その時、彼等のなかで一番柔和な、女のような顔をした男でさえが、指で輪をつくって、銭、の一言を彼に投げつけようとしていたのである。致命的なものを見るように思えて、彼はつい出したことのない大声をあげた。

「皆、当座の質に何でも取ってゆくがいい。どうせ差押えられる物ばかりだ。」

そして、秀!  と呼んで、顎で部屋の調度を指すと、穏やかに行った。

「取っていきな!  気の済むままにな。」

「おお、それがあんたの真綿で首を締めるという奴や!  賃金貰えぬとなりゃ、私かて債権者じゃ!」

岩永の秀は、らんらんとした眼で部屋のなかを睨んだ。家を出がけにひっかけてきた酒の酔いがまわったらしく、赫ら顔は威々しく、調子がよかった。自分よりはるかにえらい権力者を殴ったという得意が、尚彼の次の行動を拡げようとしていた。粗末な厚司の上を帯バンドで締めた異様な風態のまま、脚をひろげて部屋のまん中に突立っているのだ。

「妙子、あんた、着物全部出すのだ。それなら持運びよかろう。秀、遠慮せんと、嫂さんに取っていき。」

要らん! と秀は撥ねつけた。

「私らの女房は、一日坐ったきりで、うつしをやっとるわ、そんなもん、何時着るというのだ!」

言いながら、彼は、妙子が慌てて差出したたとうからちらついた友禅を引掴むと、ぐるぐる捲いて、ふところへねじこんだ。それは卑しい敏捷さで、彼の日頃の博徒家業の手口をまる出しにした感じであった。よせ!  と一言誰かが窮するような音をあげた。

その彼のあさましい一事で、他の四人は、自分たちを、彼と同列におく気持を失っていた。この、乱暴でおっちょこちょいの男は、同じほど怒り、同じほどの慾を持ってやってきた四人たちに、揃って変心させる奇妙なきっかけを作ってやったのだった。

「私らはそんなことで来たのではない。」

「旦那のことを心配して来たがに。……」

今村の、国夫と秀とを交互に見る眼は、怯れと、後悔と、嫌厭の入り交ざった複雑な眼であった。彼等にとって、秀の手にした絹物の優美な反物は、永久に向う側のものであり、主家の象徴のようなものであったのだ。彼らはもとの卑屈な使用人の表情にかえったことで、彼等自身が安堵したらしかった。彼等は、口々に秀を非難して、みにくい喧嘩を演じ始めたのである。国夫に、やりきれぬ場面であった。彼は漸く、東屋の一軒を話して、今夜にでも、更めて一同揃って来るようにと言って、話を打切った。

「お前らの賃金ぐらい何とかしてみせるからな、はやまるなよ。」

国夫の持味である、温和な、やさしいものに、ふわりと包まれると、彼等はいつもの会合が終って出てゆくように他愛がなかった。仲間の非難に出遭って、一足先に飛出した忿懣やるかたない秀の後姿にすら、哀れにも狼狽の色が見えるのだった。

彼等が帰ってゆくと、国夫は、頭が痛いと言って、妙子に床を敷かせ、頭に濡れ手拭をのせて臥てしまった。

「私もうかつなことでした。が、旦那さまも水くそうございます。……ここまでお商売がだめになっていますとは思いもよりませなんだ。……」

妙子は気がはりつめているせいか、悲しくも何ともなかった。ただ、目の前で自分の良人が殴られたことに、えたいの知れぬ心の動揺があった。あの火事の時とおなじように、大きな災難がわが家にふりかかっているのを、漠然と見過している心のどこかに、自分のこの「家」を根こそぎ叩き壊してみたい呪詛に似た呻きがかくされてあるのかも知れなかった。

「秀のことですが、」と、彼女は、良人の臥顔を覗くようにして言った。

「挙げられるたび、旦那さまが貰い下げにゆかれたではありませんか。いっそ、あなたが強く出られたら、こんな目に逢いなさらなかったでしょうに。」

「そうかも知れない……。」

と、国夫は眼をとじたまま言った。

「正直なところ、僕はわからなくなったんだ。お母さんに嗤われても、同業者に嗤われても、平気でやり通してきたんだけど、連中にまで嗤われてはわからなくなってきた……」

「今度の失策は失策としても、これまで僕が連中に見せた誠意は、もう少し認めてほしかった。」

国夫はもう眼をあけていた。まなじりに、うっすらと涙をためているのを、

「拭きなされ、みっともない。」

と妙子はきつい言い方をしながら、自分の指で拭ってやった。

「他人は、強くて図太い者にへこへこします。旦那さまのようなお人柄の良さでは、誰からも、踏んで揉まれて、今に消えてなくなります。」

妙子はそんな言葉のあとへ、さもおかしそうに甘えた笑いをつけ加えたが、国夫はまるで別のことを考えていた。

「僕に生涯忘れられぬできごとになるだろうな、今日のこと。……」

彼等はやはり権力がほしいのだろうか。力に圧えられ、搾取されて得たほそぼそとした収入だけが、彼等のほんとうの収入であり、親方には無際限な富と、近づきがたいほどの威厳を持たせたいのだろうか。過去六年ほどのあいだ、国夫は好景気の波にのって、彼等のふところにも、他の同業者とは比較にならぬほどの儲けを落してやった筈であった。が、そんな国夫の行為は無視され、むしろ苦情の種子とさえされてしまったのだ。それにしても、先刻彼等が最後に揃いも揃ってとった奇妙な岩永の秀排斥と、主家への中途半端な反逆とが、彼の腑におちなかった。彼の眼に秀は報われる哀れな男に見え、親方らしい親身な一言が自分に欠けていたと思うのであった。

漸くして、国夫は、「京太は何処へ行ったか?」と妙子に聞いた。

京太が先刻大人にまじって、襖の蔭で、ことの騒ぎを見ていたのを知っていた。秀に父親が殴られた時、泣き出して、彦一を背負ったせいに連れ出されていった姿が、彼の心に尾を曳いていた。父親思いのこの長男には、それが大きなショックであったろう。

「表で遊んでいるのではございませんか。」

と妙子は答えた。

「それならいいが……。」

「子供は直ぐ忘れてしまいますが。」

「暫く眠るか」

そう言って国夫が眠り、一時間ほど経った頃、京太の急死が、慌しく報らされたのである。

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水芦光子さん原作『雪の喪章』 全文掲載